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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)8687号 判決 1990年7月18日

原告 全国化学産業労働組合協議会 日本曹達労働組合

右代表者中央執行委員長 中澤高行

右訴訟代理人弁護士 秋山泰雄

同 荻原富保

同 関次郎

被告 合成化学産業労働組合連合

右代表者中央執行委員長 佐々木健

右訴訟代理人弁護士 西田公一

同 遠藤直哉

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金六八一万五〇〇〇円及びこれに対する昭和六二年五月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、合成化学産業に関連する労働組合によって組織される連合体である被告に、昭和六一年一二月一二日まで加盟していた(同日除名)原告が、「罷業金庫預金」と称する預け金の返還を求めるのに対して、被告が「労連費」の未納分との相殺を主張する事件である。

一  (争いのない事実)

1  被告は、合成化学産業に関連する労働組合によって組織される連合体である。

2  原告は、日本曹達株式会社に勤務する従業員で組織する労働組合であり、昭和二九年九月から被告に加盟していたが、昭和六一年一二月一二日付けで被告から除名処分を受けた。

3  罷業金庫預金は、被告が加盟各組合の罷業に際して払出し又は貸付けをするために各組合から預かっている基金であり、加盟組合が脱退等により被告から離脱したときは当該組合の預けている金員全額を払い戻すことになっている。

4  一方、労連費は、被告の運営経費に当てられる収入であって、被告に加盟する各労働組合は、被告の定期大会における決定を経て、毎月一〇日までに、各月分全額を被告に納入すべき義務を負っている。被告の規約は、その三五条において、加盟各組合が納入すべき労連費について「毎年ひらかれる定期大会でその都度決定する」と定めており、右の規定以外には労連費について特段の定めがない。そして、労連費の金額は、組合員一人当たりの金額に加盟各組合毎の納入人員数を乗じて算定されていた。

5  昭和五八年七月に開催された第六七回定期大会以降、毎年、労連費の組合員一人当たりの金額は五八〇円と定められている。そして、同年八月以降、原告の労連費算定上の納入組合員数は、それまでの二五〇〇名から二四〇〇名に減員された。その結果、同月以降、原告が納入義務を負担する労連費は一か月一三九万二〇〇〇円(組合員一人当たりの金額五八〇円に原告の納入組合員数二四〇〇名を乗じた金額)であり、原告は、これを昭和六一年七月分まで支払った。

6  昭和六二年度の被告の定期大会(第七一回定期大会)は、昭和六一年七月二六日から同月二八日にかけて開かれ、同大会において労連費算定の基礎となる組合員一人当たりの金額は五八〇円と決議されて据え置かれることとなった。

7  ところが、原告は、同日付で、被告に対し、同年八月分以降の労連費納入組合員数を五〇名に減員する旨通告し、同年八月分以降同年一二月分までの労連費の支払をしなかった。

その後、原告は、被告に対し、昭和六二年三月一一日、昭和六一年八月分から一二月分までの労連費として一四万五〇〇〇円を支払った。

8  原告の除名当時、原告が被告に預けていた罷業金庫預金総額は、七二五九万一九六五円であったところ、原告の昭和六二年四月一一日の催告(催告期限同月三〇日)に対し、被告は、原告に対し、同年五月一二日、昭和六一年八月分から一二月分までの労連費の未払分六八一万五〇〇〇円と対当額で相殺する旨の意思表示をし、残金六五七七万六九六五円のみを支払った。

二  (争点)

本件の争点は、原告が一方的に削減通告した二三五〇名分相当の労連費支払義務の存否であり、当事者双方の主張の概要は次のとおりである。

1  原告の主張

(一) 被告の定期大会における労連費の決定方式は、労連費納入額算定の基礎となる組合員一人当たりの金額のみを定め、これに乗ずべき納入組合員数の決定を加盟各組合に委ねたものであり、昭和六一年七月の第七一回定期大会における決定の趣旨も同様に解すべきである。

すなわち、

(1) 被告の規約三五条は、加盟各組合が納入すべき労連費について、「毎年ひらかれる定期大会でその都度決定する」と定めており、右の規定以外には労連費について規約上何らの定めがない。したがって、労連費については、算定方法を含む一切が毎年の定期大会の決定に委ねられているものと解すべきである。

(2) ところで、加盟各組合が納入すべき労連費の金額を算定する基礎となる組合員一人当たりの金額と組合員数のうち、被告の定期大会においては、組合員一人当たりの金額のみを定めるにとどめ、納入組合員数について何らの決定もなされたことがない。

なるほど、定期大会に提案される各年度の一般会計予算案には、被告主張のとおり、前年度末月の労連費納入実績表が添付されているが、それは、右規定上「議案」は大会の三週間前に配付すべきものとされているにもかかわらず、定期大会当日に資料として配布されるにすぎない。したがって、大会議事規定上の「議案」として提出されているとはいえないし、加盟各組合において検討、討議の機会が与えられていないから、これをもって納入組合員数についての提案であるということはできず、単なる前年度の実績の報告にすぎないというべきである。

仮に、労連費納入実績表上の納入組合員数が、被告の定期大会における予算案の内容に含まれるとしても、およそ予算上の収入は見込みにすぎず、それ自体によって構成員の納入義務を生じせしめるものではない。構成員に納入義務を負わせるためには別個の議決を要するところ、右議決はなされていない。

また、定期大会に提出される決算報告書には、被告主張のとおり月毎の納入組合員数の実績及び予算における納入組合員数との対比が記載されているが、右記載は規約四〇条に基づいて収支の結果を報告するものにすぎない。

(3) 加盟各組合は、かねてから定期大会において決定された組合員一人当たりの金額に、その財政的事情等の実情に応じて自ら任意に決定した納入組合員数を乗じた金額を労連費として納入してきた。原告の場合も、昭和五八年八月以降の納入組合員数をそれまでの二五〇〇名から二四〇〇名に減員することを自ら任意に決定し、以来、それに基づいて算定した金額を被告に納入してきたのである。

(4) 被告の定期大会において労連費納入組合員数を決定しないことには、次のような事情がある。

すなわち、もし、定期大会で納入組合員数を具体的に決定して加盟各組合に義務づけるとすれば、各組合間の公平の見地から一定の納入率を義務づけるほかはない。しかるに、被告の加盟各組合間には、労連費の納入率に著しい差異がある。したがって、もし、定期大会で納入率を一律に義務づけるならば、納入率の低い組合の反発を招き、それらの脱退という事態になって、被告の組織の弱体化を招来することになる。また、加盟各組合は、被告の定期大会後に、それぞれの大会を開催して、労連費の支出を含む運動方針等を決定するのが通例であり、したがって、被告の定期大会において納入組合員数を決定して納入金額が具体的に定まっているとすると、加盟各組合の大会において財政的事情等により右納入を否認した場合、加盟組合は、被告からの脱退又は労連費納入義務違反による除名を甘受するほかなくなり、その結果は、被告にとっても加盟組合の一つを失うことを意味する。こうしたことから、被告は、定期大会において納入組合員数を具体的に定めず、加盟各組合の決定に委ねているのである。そして、被告の加盟各組合は、労連費の納入組合員数を任意の決定に委ねられる反面、決定した納入組合員数が、被告の大会に出席させることができる代議員数及び中央委員数を決定する基準とされているので、納入組合員数を組合員実数より低く決定して納入率を低くすれば、組合員数の実数に相応した発言力、影響力を発揮することができない関係となるから、被告は、右の関係に、納入組合員数を当該組合の組合員数の実数に近づける効果を期待しているのである。

(二) そして、原告は、納入組合員数を五〇名とすることを決定して被告に通告したから、前記組合員一人当たりの金額(五八〇円)に右五〇名を乗じた二万九〇〇〇円が一か月当たりの原告の納入義務負担額である。

(三) 仮に、被告の定期大会において、納入組合員数を含めて労連費の決定がなされたとしても、納入組合員数の削減は、被告からの部分的あるいは量的脱退を意味するものと解すべきである。

(四) したがって、昭和六一年八月分以降同年一二月分までの原告の納入義務負担額は合計一四万五〇〇〇円であり、右金員は支払済みであるから、原告に労連費の未納分はない。

2  被告の主張

(一) 昭和五八年八月以降の原告の労連費の納入組合員数がそれまでの二五〇〇名から二四〇〇名に減員されたのは、原告からの申し出に対して、被告がこれを承認した結果であり、原告の一方的決定によったものではない。

(二) 毎年開かれる被告の定期大会においては、規約三五条に基づき、加盟各組合が納入すべき労連費の金額算定の基礎となる組合員一人当たりの金額を定めるのみならず、納入組合員数についても、次の方法により決定してきた。

すなわち、定期大会に提案される各年度の一般会計予算案に前年度末月の労連費納入実績表が添付され、これが採択されることにより加盟各組合の納入組合員数が右実績表のとおり、すなわち、前年度末月の納入実績数のとおり一旦決定される。しかし、右定期大会の後にも、加盟各組合の財政的事情の変動等納入組合員数の変更を相当とする事態がかなり頻繁に生ずるため、加盟各組合から労連費削減の要望が申し出られることがある。かような要望に対処するため、定期大会に提出される予算案の収入の部に記載されている労連費の合計額は、前年度の納入組合員数実績を若干下回る納入組合員数を採用して算定、計上され、右予算上の納入組合員数までの範囲内で、すなわち議決された予算を維持しうる範囲内で、被告の中央執行委員会に労連費減額の承認をする裁量権限が付与されている。かくて、被告中央執行委員会においては、申し出のあった加盟組合の減額を必要とする事由を慎重に審議した上で、右申し出に対する承認の可否を決してきた。このようにして労連費の減額があった場合、次年度の定期大会において決算報告書中で当該年度内の月毎に中央執行委員会が承認した納入組合員数の削減数が詳細に報告され、右決算の承認決議により、加盟各組合からの納入組合員数削減の申し出に対する中央執行委員会の承認が追認されることになる。

(三) 原告は、加盟各組合において納入組合員数を任意に決定しうるかのように主張するが、もし、労連費算定の基礎となる納入組合員数が加盟各組合の任意の決定に任されたもので、その一方的通告のみによって定められるものであるとするならば、労連費の納入は法的義務でありながら、その債務の内容である金額が債務者の任意に委ねられている自然債務的な性質のものであることになってしまうばかりか、定期大会において可決される予算は実行の保障のないものであることになってしまう。のみならず、原告主張のとおりであれば、加盟各組合の納入組合員数が無原則にばらばらになることを被告が認めていることになり、被告の構成員である各組合間の平等はまったく維持することができないことになり、組織維持すら困難になるといわざるをえない。

(四) また、原告は、納入組合員数の削減は被告からの部分的あるいは量的脱退を意味するものと解し得る旨主張するが、そもそも、被告においては自由な脱退が認められているわけではない(規約七条)。

仮に、脱退の自由があったとしても、被告から脱退すれば、組合員としての一切の権利を喪失し組合員としての利益を享受することができなくなるはずのもので、加盟組合がその組合員一名分の労連費を納入しさえすれば、全体として被告の組合員としての権利を行使し、利益を享受し得ることになる原告の主張が不合理であることは明らかである。

(五) 以上のとおりであるから、原告が納入すべき昭和六二年度の労連費月額は、一人当たり五八〇円に従前どおりの納入組合員数二四〇〇名を乗じた一三九万二〇〇〇円である。したがって、昭和六一年八月分から一二月分までの原告の納入義務負担額は合計六九六万円であり、そのうち六八一万五〇〇〇円が未払であったから、被告は、これを原告の被告に対する罷業金庫預金の返還請求権と対当額で相殺したものであって、右返還請求権は残存しない。

第三争点に対する判断

一  前記争いのない事実に《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。

1  被告の規約上の機関としては、大会、中央委員会、中央執行委員会が置かれている。大会は、被告の最高決議機関として役員(中央執行委員長、同副委員長、書記長、財政部長、中央執行委員、会計監査)及び加盟各組合において納入組合員数に応じて所定の数選出された代議員で構成され、中央委員会は、大会に次ぐ決議機関として役員及び加盟各組合において納入組合員数に応じて所定の数選出された中央委員で構成され、中央執行委員会は、会計監査を除く役員で構成される被告の執行機関であり、その権限は、被告の規約二〇条において「1 中央執行委員会は加盟組合及びその組合員を代表する 2 大会及び中央委員会の決定を執行し、日常業務及び緊急事項を処理する 3 加盟組合を代表し、使用者と団体交渉を行う」ものと定められている。

2  労連費は、被告の運営経費に当てられる収入であって、被告に加盟する各労働組合は、被告の定期大会における決定を経て、毎月一〇日までに、各月分全額の納入義務を負っている。被告の規約は、その三五条において、加盟各組合が納入すべき労連費について、「毎年ひらかれる定期大会でその都度決定する」と定めており、右の規定以外には労連費について特段の定めがない。そして、労連費の金額は、組合員一人当たりの金額に加盟各組合毎の納入人員数を乗じて算定されており、毎年七月に開催される定期大会においては、組合員一人当たりの金額が決議され、特段の事情のない限り、右の一人当たりの金額に前年度末の納入組合員数を乗じて加盟各組合の負担額が算定され、加盟各組合は、右の額を被告に納付する例であった。

すなわち、

(一) 昭和六二年度(昭和六一年六月一日から昭和六二年五月三一日)までの三年間の労連費に関する被告定期大会及びこれに先立つ各委員会への付議状況は次のとおりであり、それ以前の毎年の例と異なるところはない。

(1) 昭和六〇年度(昭和五九年六月一日から昭和六〇年五月三一日)は、前記各委員会での討議を経て提出された予算案において、総額五億一三七二万円の収入の内訳として労連費四億八三七二万円が計上され、その「摘要」欄には「五八〇円×六万九五〇〇名×一二ケ月」との記載があり、同予算案添付の資料中には、昭和五九年五月現在における加盟各組合別の組合員実数と納入組合員数の対比表、年度当初と年度末の加盟各組合の納入組合員数の対比表及び納入組合員数総数についての実績と予算上の数値との月別対比表がある。そして、昭和五九年七月の第六八回定期大会における予算案の提案に際し、被告財政部長から、昭和五九年度決算剰余金として二四〇〇万円を計上して昭和六〇年度に繰り越すことなどから、労連費の値上げは行わず、組合員一人当たり月額五八〇円を据え置き、納入組合員数は予算上前年度より五〇〇名増の六万九五〇〇名(この人数は昭和五九年五月末現在の納入組合員数総数を下回る。)とした旨の説明があり、加盟各組合の協力が求められた。

(2) 昭和六一年度(昭和六〇年六月一日から昭和六一年五月三一日)は、前記各委員会での討議を経て提出された予算案において、総額五億一三三二万円の収入の内訳として前年度と同一の労連費四億八三七二万円(五八〇円×六万九五〇〇名×一二ケ月)が計上され、昭和六〇年五月末現在における加盟各組合別の組合員実数と納入組合員数の対比表及び納入組合員数総数についての実績と予算上の数値との月別対比表が同予算案資料として添付された。そして、昭和六一年七月の第六九回定期大会における予算案の提案に際し、被告副中央執行委員長から、昭和六〇年度決算剰余金二〇〇〇万円を昭和六一年度に繰り越すことなどから、引き続き労連費を据え置き、組合員一人当たり月額五八〇円のままとし、予算編成上の納入組合員数を前年度と同数の六万九五〇〇名(前年度と同様、前年度末の納入組合員数総数を下回る。)とした旨の説明があり、加盟各組合の協力が求められた。

(3) 昭和六二年度(昭和六一年六月一日から昭和六二年五月三一日)は、前記各委員会での討議を経て提出された予算案において、総額五億一七二〇万円の収入の内訳として労連費四億八七二〇万円(五八〇円×七万名×一二ケ月)が計上され、昭和六一年五月末現在における加盟各組合別の組合員実数と納入組合員数の対比表が同予算案に添付された。そして、昭和六一年七月の第七一回定期大会における予算案の提案に際し、被告副中央執行委員長から、昭和六一年度決算剰余金一八〇〇万円を昭和六二年度に繰り越すことなどから、引き続き労連費を据え置き、組合員一人当たり月額五八〇円のままとし、納入組合員数を前年度比五〇〇名増の七万名(前年度と同様、前年度末の納入組合員数総数を下回る。)として予算を編成した旨の説明があり、加盟各組合の協力が求められた。

(4) なお、各定期大会においては、決算報告書中に「労連費明細」と題する一覧表によって前年度の月別の加盟各組合毎の労連費納入組合員数の増減が示され、各月納入組合員数合計が予算上の納入組合員数と対比されている。

(5) また、被告の中央委員会においては四半期毎の決算報告が行われ、その際、提出される決算報告書中に「労連費明細」と題する一覧表によって直前の四半期中の加盟各組合毎の労連費納入組合員数の月別増減が示され、各月納入組合員数合計が予算上の納入組合員数と対比されている。

(二) そして、右のような毎年の定期大会の後、被告の加盟組合は、各定期大会において決議された組合員一人当たりの金額に自らの前年度末の納入組合員数を乗じた金額を、特段の事情のない限り、当該組合自身の負担すべき労連費として被告に支払ってきた。

3  こうした中で、納入率(納入組合員数を組合員実数で除した率)九〇パーセントとの目標が掲げられて、労連費算定の基礎となる納入組合員数をできるだけ加盟各組合の組合員実数に近づけることが、大会においてはもとより、中央委員会や中央執行委員会等においても、折ある毎に強調されていた。

4  定期大会の後にも、加盟各組合においては、定年その他による退職等の一般的事情により組合員実数が減少することがあり、その他、合理化、会社更正等の特別の事情により組合員実数が減少することがある。これらの場合に納入組合員数をそのままにしておくと、当該組合の労連費負担率(被告側からみると納入率)が高まって財政を圧迫し、ことにそれが一〇〇パーセントに近い組合においては、公平の観点から負担過重とみられる場合も生じ得る。さらに、他の労働組合連合体への二重加盟による二重の財政負担という問題が生ずる場合もあり、その他、組織上の理由や当該組合の財政的事情の変動などの要因もあって、納入組合員数の変更を相当とする事態はかなり頻繁に生ずる。こうした要因により労連費の削減を希望する加盟組合は、労連費削減、すなわち、納入組合員数の減員の要望を、それを必要とする事由を説明して被告に申し出る例であり、被告の中央執行委員会においては右申し出を検討の上その諾否を決している。

右のような申し出と被告の対応について、その二、三の例をみれば、次のとおりである。

(一) 保土谷化学労働組合は、昭和五九年五月末現在、組合員実数八九〇名に対して納入組合員数七〇〇名(納入率七八・七パーセント)であったが、同年一〇月一日、被告中央執行委員長あて、当該企業が十数年来新規採用を行わないばかりか、さらに「合理化」を進めているので、組合員数が減少の一途を辿り、組合の財政が慢性的赤字となっている旨実情を訴え、「労連費の七五パーセント納入を了解して下さるようお願い」する旨の書面を提出し、被告の中央執行委員会の審査を経てその了承を得、その結果、昭和六〇年五月末においては、組合員実数八七〇名に対して納入組合員数六五二名(納入率七四・九パーセント)となった。

(二) 昭和六〇年八月二二日に開催された中央執行委員会においては、四組合(東海カーボン労働組合、東京セロファン労働組合、日本カーリット労働組合、化学一般関東労働組合)からの納入組合員数の減員についての申請について審査が行われた。右審査に際しては、被告財政部から、その減員を求められている理由について、東海カーボン労働組合からの五〇名減員(昭和六〇年五月末の組合員実数九八七名、納入組合員数九〇〇名)の申請理由は退職・昇格・不補充のためであること、東京セロファン労働組合からの二〇名減員(昭和六〇年五月末の組合員実数四六〇名、納入組合員数四五〇名)の申請理由は退職・不補充のためであること、日本カーリット労働組合からの五〇名減員(昭和六〇年五月末の組合員実数六二七名、納入組合員数五五〇名)の申請理由は合理化による希望退職者が七三名いたためであること、化学一般関東労働組合からの三五〇名減員(昭和六〇年五月末の組合員実数一万七一一七名、納入組合員数三三五〇名)の申請理由は合理化による組合員の減少を主たる理由とするものであることが、それぞれ説明され、同委員会においていずれも承認された。

(三) その他、組織上の理由により、毎年、被告との間で労連費の納入額について協議し、合意に達した額について双方の書記長名の確認書を作成している例もある。

(四) 原告の納入組合員数が二五〇〇名から二四〇〇名に減員となった経緯も同様であって、原告は、被告財政部長に対し、昭和五八年七月二五日付けで、前年来組合員数が減少している中で現在の納入組合員数をそのまま維持することが困難であると訴え、「現行二五〇〇名の納入組合員数を二四〇〇名に減少させて戴きたい」とする書面を提出し、被告中央執行委員会の審査を経てその承認を得、以後、納入組合員数を二四〇〇名として算定した労連費を被告に納入してきた。

(五) なお、被告における承諾要件はさほど厳格なものではなく、かなり弾力的運用が図られていた。

5  このようにして労連費の減額があった場合、中央委員会における四半期毎の決算報告に際しては、決算報告書中の「労連費明細」と題する一覧表に直前の四半期中の加盟各組合毎の労連費納入組合員数の月別増減が各月の納入組合員数合計と予算上の納入組合員数との対比とともに示されることにより、各定期大会における決算報告に際しては、決算報告書中に「労連費明細」と題する一覧表によって前年度の月別の加盟各組合毎の労連費納入組合員数の増減が各月の納入組合員数合計と予算上の納入組合員数との対比とともに示されることによって、それぞれ報告されており、その数は相当数に上る。

6  また、加盟各組合の中で、個別の事情により新年度の労連費について従前どおりの納入額の維持が困難であるとする組合は、毎年七月に開催される定期大会に先立つ五月ころ、あらかじめ被告の執行部に申し出て、双方協議の上、労連費算定の基礎となる納入組合員数の減員を被告との合意によって決定している。

7  なお、本件紛争に至った経緯をみるに、被告の加盟各組合中原告を含む三九組合は、第七一回定期大会の決議に抗議する趣旨で昭和六一年六月分ないし同年九月分から労連費の支払を拒絶し、その後、その一部の組合は、右定期大会決議の効力を争う仮処分申請(東京地方裁判所昭和六一年(ヨ)第二三三六号大会決議効力停止等仮処分申請事件)をした。

原告は、右労連費納入拒否に際し、被告に対し、原告及び原告の推す中央執行委員候補者に対する誹謗中傷が行われ、同大会の成立要件にも不備があるとし、合化本部の姿勢と態度に強く抗議するために、当面、八月一日より合化本部会費の納入人員を五〇名とした旨通知した。その後、同年九月三〇日付けで被告に「合化労連費納入凍結保留通告書」と題する書面を提出し、原告が前記仮処分申請を支持し、労連費の納入を凍結保留することを通告した。

右「合化労連費納入凍結保留通告書」に対して、被告は、同年一〇月二三日付けで、被告に加盟している限り労連費納入義務を免れることはできないとして、その支払を催告し、さらに、同年一一月一九日付けでも右支払の催告をしたが、原告はこれに応じなかった。そのため、被告の第七二回臨時大会(同年一二月開催)において第七一回定期大会決議を追認するとともに、最終確認を第七三回臨時大会で行うこととし、それまでの間を猶予期間とする旨の条件付で右三九組合を労連費未納を理由として除名処分にした。その後、昭和六二年二月三日、右大会決議効力停止等仮処分申請事件について却下決定が下され、同月二〇日に開催された被告第七三回臨時大会において、昭和六一年一二月一二日付けをもってする前記除名処分を最終確認し、昭和六二年二月二四日付けで、その旨原告に通知するとともに労連費未納分の支払を催告した。

以上のような経過の後、昭和六二年三月から同年六月までの間に、労連費の支払拒絶分の支払、被告からの罷業金庫預金返還請求権との相殺等により前記大会決議に抗議した加盟組合も、原告以外は労連費の未払分を支払った結果、原告のみが労連費納入組合員数を加盟組合側で一方的に変更し得るという主張を維持している。

二  以上認定の事実に基づいて考察する。

加盟各組合において被告に納入すべき労連費の額は、本来、組合員一人当たりの納入義務額に当該組合の組合員数を乗ずることによって自動的に算出されるはずのものである。しかし、実際には、当該組合が被告に対して納入義務を負う労連費を算出するに際して組合員一人当たりの納入義務額に乗ずべき各組合の組合員数は、必ずしも現実の組合員数ではなく、いわゆる納入組合員数としてこれを下回る数が用いられている。

右の関係について考えるに、まず、被告の規約三五条の規定の趣旨について検討すると、組合員の退職や加盟組合からの脱退等の事由により、加盟組合の組合員数の客観的な数値自体日々変動する可能性があるとはいうものの、被告の規約全体を通じて現実の組合員数とは別個の納入組合員数なる観念はなく、同規約が組合員数に二義があるとの前提にたっていることを窺わせる文言は、どこにも見い出すことができない。したがって、労連費算定に際し組合員一人当たりの納入義務額に乗ずべき組合員数が現実の組合員数と異なることが、同規約上当然に予定されているものとは、到底解することができない。そうしてみれば、前記のように労連費納入義務負担額を算出するのに現実の組合員数ではなく納入組合員数を用いるのは、加盟各組合の財政的事情や被告との関係のいかんなどの極めて現実的な理由を考慮した実際的運用として行われていることであって、規約上の要請ではないと解すべきである。換言すると、被告の規約三五条において「その都度決定する」と定められているのは組合員一人当たりの納入義務額のことであり、これに乗ずべき組合員数を当該組合の財政的事情や被告との関係などを考慮して現実の員数より少ない「納入組合員数」として措定することは、同規約が当然に予定している事態ではなく、したがって、規約上定期大会決議事項であると解することはできない。

そして、前記認定の従前の労連費決定の経過に照らすと、諸般の現実的配慮に基づいて、規約においては客観的なものとして前提されている組合員数と異なる員数を、労連費算定の基礎となる組合員数として定めることは、加盟各組合と被告の中央執行委員会(慣行上その権限が委ねられてきた。)との間の合意によって行われてきたもので、予算案に前年度の加盟各組合の納入組合員数が添付されるのは、決議を求めるものではなく、右合意の存在を明らかにする趣旨であると解するのが相当である。この合意された納入組合員数については、その後にさらに別途の合意によりこれを変更することはともかく、加盟組合側の任意の決定と一方的通告で変更することはできないものと解される。

原告は、被告定期大会後に、加盟各組合がそれぞれの大会を開催して、労連費の支出を含む運動方針等を決定する以前に、納入すべき金額が具体的に決定されているとすれば、加盟各組合の大会で財政的事情等により右納入を否認した場合、加盟組合は、被告からの脱退又は労連費納入義務違反による除名を甘受するほかなくなると主張するが、かような場合には、当該組合が被告の中央執行委員会に組織上の理由による納入組合員数の減員を必要とする実情を申し出て、その承諾を得る方法が残されており、現に、かなり弾力的に右承諾の運用がなされているのであるから、被告の主張するような危惧は必然性がない。また、原告は、納入組合員数の削減は被告からの部分的あるいは量的脱退を意味するものと解し得る旨主張するが、被告の規約五条及び六条によれば、被告は労働組合によって組織される連合体であって、構成員は各組合であり、被告への加盟は組合単位でなされることが定められているのであって、さらに、同七条には、「労連から脱退しようとする組合は、理由を付して脱退届を中央執行委員会に提出する。この労連の加盟組合としての権利義務は中央執行委員会が脱退を承認したときに消滅する。」旨定められていて、これらの規定から考えると、被告からの脱退は、組合単位でのみなされ得るものと解され、同規約の各規定を総合しても、組合の部分的又は量的脱退などという観念を容れる余地は全くないものといわざるを得ない。

そして、昭和五八年八月以降、原告の納入組合員数が二四〇〇名であったこと、その後、本件減員通告に至るまで右納入組合員数を変更する合意はもとより、これを変更したいとする申し出が原告からなされたこともなかったこと、本件通告に対しては被告がこれを拒否したことは前記のとおりである。

したがって、原告の昭和六一年八月分から一二月分までの労連費算定の基礎となる納入組合員数は、原被告合意にかかる昭和五八年八月以降の二四〇〇名であるから、原告が納入すべき右期間の労連費は、一人当たりの金額五八〇円に従前どおりの納入組合員数二四〇〇名を乗じた月額一三九万二〇〇〇円の五か月分である合計六九六万円であり、そのうち六八一万五〇〇〇円が未払であったから、原告にはその支払義務があったことになる。

よって、原告の被告に対する罷業金庫預金の返還請求権は、被告による相殺の結果残存しない。

以上の次第で、原告の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 相良朋紀 裁判官 松本光一郎 阿部正幸)

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